【大阪地震】共同通信の記者、犠牲者遺族のマンションに直撃も「出ていけ」「人間のやることやないで」と追い出される

最新ニュース記事 , 2018年6月29日

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18日の大阪北部地震は発生から10日が過ぎた。震度6弱の揺れが大都市を直撃し、5人が死亡、400人超が負傷。住宅被害は4府県で1万棟を超える。現地で取材に奔走した新人記者2人が赤裸々にリポートする。

十字を切るように揺れた

6月18日午前7時58分。眠い目をこすりながら朝の情報番組の星座別運勢占いを楽しみに待っていた。いつもと変わらない朝。今日も警察回りから始めるか。そう思った矢先、突然揺れが始まった。部屋が十字を切るように揺れた。未だ経験したことのない大きな揺れ。テレビの地震速報を見ると、震度6弱を観測した高槻市は僕の担当エリアだ。「長い戦いになる」。直感で思った。

即座に高槻方面へ向かうよう指示があり、タクシー会社へ電話をかけたが音信不通。近所のコンビニでゼリー飲料と水分を買い込んでカバンに詰めて自宅を出発した。いつ帰宅できるか分からなかったからだ。最寄り駅に出ても電車は全線運休し、復旧のめどは未定。目の前を客を乗せたタクシーが何台も通過する。

1時間たってもつかまらない。現場に真っ先に駆けつけるべき僕が自宅の最寄り駅で足止めを食らっている。この現実が悔しくて、報道用の腕章を地面にたたきつけた。ただ、やるせなかった。

10時前、やっとタクシーに乗車して現地へ向かった。車内のテレビは上空から倒壊した小学校のブロック塀の映像を流し、速報は女児の死亡を伝えていた。文字どおり「戦場」だと思った。

11時すぎ、茨木市で男性死亡の一報が。それが後藤孟史さん=当時(85)=だった。自宅の本棚の下敷きになり、亡くなった。まもなくメールで回ってきた別の記者の取材メモで、後藤さんの人となりを読んだ時、不思議な親近感を覚えた。無類の本好き―。蔵書量はかなわないだろうが、私も本の虫なのだ。

「出て行け」

その晩、後藤さんの取材に加わる。後藤さんのマンションを最上階から1部屋ずつ訪ね歩く「ローラー作戦」を実行したが、さすがに後藤さん宅だけは呼び鈴を押せなかった。途中、マンション自治組合の理事という男性に遭遇した。「君は何者だね」と尋ねられたので「共同通信の記者です」と、正直に答えた。「出て行きなさい」と叱責され、エレベーターに無理やり押し込まれた。

「君らマスコミももう少し住民の気持ちを考えたらどうなんや。人間のやることやないで」。理事の発言は正論に思えた。しかし、私たちは犠牲者の遺族の証言を取りに行くのが仕事。「申し訳なく思いますが、遺族の声や犠牲者の人となりを全国に伝えるのが私たちの仕事です」。精いっぱい反論したが、「では、君をつまみ出すのが私の仕事だ」と退去命令を受けた。返す言葉もなく撤収した。

翌日も朝からマンションに通う。エントランスに「部外者立ち入り禁止」の張り紙。敷地外で待機していると、住民の男性から「あなたたちはこれ以上不幸が起きるのを楽しみにしているのか」と尋ねられた。同行の先輩記者が一生懸命説明して住民は納得してくれたようだったが、僕の気持ちは晴れなかった。

https://this.kiji.is/384981456605676641?c=115337229812450809


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マスコミはなんの権利があってこんな事やってんの?


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>>5
他人の権利(プライバシー権等)を侵害する権利はない。


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>>5
報道の自由


取得元:You Tubehttp://kanasoku.info/articles/110402.html